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洋子の人形物語　　 平成15年7月16日：記

いま私の手許でかわいがっているこの子は、多分亡母が自分でおべべを着せようとして求め、持っていた昭和の初め頃の市松さんだと思います。
　母は現在存命していれば93歳、明治43年6月の生まれで昭和7年9月に結婚、今から70年ほど前のことです。昭和9年、11年、12年と３人の女児を授かって、留守がちの船乗りの妻として子供達と自分の母とねえやとの女世帯を長く続けていました。間もなく太平洋戦争が始まり、疎開、戦後の困窮時代を過ごしているので、自分で着せようと思っていたお人形さんもいつしか多くの荷物の中に埋もれてしまったものと推測しています。
　昭和56年70歳で他界、その後平成3年に父も他界して、家の後始末をしているときに押入の上段から古びたボール箱に入ったこの子がはだかのままで見つかりました。母が自分の着物を着せようと思っていたのでしょうか、濃紫色のりんずの布も一緒に入っていました。

学童集団疎開が始まった昭和19年頃に親戚を頼って名古屋の田舎へ一家で疎開しましたが、これが最後といわれたという一家族一貨車借り切りで荷物を運んだので、空襲で多くの方が全財産を失ってしまった状況下で、幸いにも祖父、祖母、母達の思い出の香りがする古物がいま手許に残る結果となりました。余談ですが転校した小学校にはピアノもオルガンもなく、持っていったピアノを学校に置かせていただいたところ、学校でも利用できると喜ばれ、いろいろ生活上の便宜を図っていただきました。

　話を元に戻します。この裸の子を見つけたとき姉と私は、このままでおいておくのはとてもかわいそうでなんとかおべべを着せてやりたいと、デパートの京都人形展などに連れ歩いて職人さんと交渉してみましたが、とても高価な生地代、仕立て代、制作費に驚き、なかなか願いが叶いませんでした。こうしてしばらく時がたったころ、思いがけない出会いが生まれました。

　桜木町のＧセンターの一隅で開かれた人形作品展を見に行き、そこで作品の制作者Ｋ.Ｔ.さんとのご縁ができ、こんなに可愛い子になって戻ってきました。着物は私の結婚の時(昭和37年)に着たものをほどいて着せ、長襦袢は戦禍を免れた祖母か、母の思い出の布を使いました。製作途中に「お座りにしますか、立ち人形にしますか」との問い合わせのお電話をいただきましたが、50センチを超える寸法を生かしたかったので、即「立った姿で」とお返事したことを思い出します。

狭い我が家でほこりだらけにしたくないと、今度はケース探しに奔走しました。このケースを購入した人形店で店に飾りたいのでしばらく貸して欲しいと云われましたが、手許から離したくないとの思いでお断りしました。足袋も履いていなかったので、寸法を測って京都の人形師さんから購入しました。傍に置いた下駄は私の好みで、鎌倉で鎌倉彫のポックリを調達しました。
　こんな思い入れをして、手許において「良い子ね、良い子ね」と慈しむ日々もずいぶん長くなってきました。
　でも何故か　名前がまだありません。

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2005.11.7 開設